こんにちは。CloudLab代表の岩森です。
先日、少し奇妙で、個人的にはハッとするような出来事がありました。普段使っているAIツール「Claude」と「Codex」の週次利用上限に相次いで達してしまい、AIを使った開発作業がまるごとストップしてしまったのです。
その瞬間、仕事が進まなくなった困惑以上に、「AIが止まった途端、自分まで何もできなくなった」ような感覚に襲われました。どこか怖さを感じるほどの焦りでした。
AIは人間が使う道具のはずです。しかし、いつの間にか私自身の生き方や思考のスピードが、AIの処理速度に乗っ取られていたのかもしれない——そう気づかされた出来事でした。
効率化するほど忙しくなる「時間の罠」
現在、私は京都の亀岡を拠点に1人で会社を運営しています。AIをフル活用することで、アプリの開発やホームページの構築、提案書の作成からYouTubeの企画・編集まで、数年前であれば1人では到底回せなかった量の仕事を同時に動かせるようになりました。
これは間違いなく素晴らしい変化です。しかし、ここには大きな落とし穴があります。
これまで2時間かかっていた作業をAIが20分に短縮してくれたとき、残った1時間40分は「ゆとり」や「休日」になるでしょうか?
多くの場合、そうはなりません。空いた時間に、また別の仕事を3つ詰め込んでしまうのです。
「1つの試作品ができたから、次は3つ作ってみよう」
「1つのアイデアを検証できたから、次は10個の可能性を同時に追いかけてみよう」
AIは時間を空けてくれる道具であると同時に、空いた時間をさらに仕事で埋め尽くすことを可能にする道具でもあるのです。
リアルタイムに更新される「自己評価」の危険性
起業していると、仕事の進み具合や売上、商談の結果が、そのまま自分自身の人間としての点数のように感じられる瞬間があります。
AIを使えば作業は一瞬で終わるはずなのに、実際の現場や運用ではそううまくいきません。図面から見積もりを作るシステム一つをとっても、1つ直せば別の問題が見つかり、精度を上げれば安全性の課題が見えてきます。「プロンプトを打ち込めば寝ている間に完成する」なんていう夢のような話は、現実のビジネスには存在しないのです。
商談で失注したり、開発が予定通り進まなかったりしたとき、AIの速度に慣れきった頭は「自分の仕事が遅い」「自分には価値がないのではないか」というところまで一気に気持ちを落とし込んでしまいます。
AIで作業を効率化した結果、自分の価値や自己評価までリアルタイムで更新し、一喜一憂するようになってしまう。これは非常に危険な兆候だと感じました。
山道を歩き、頭の回転数を落とす
商談がうまくいかず落ち込んだ日、私はよく近くの山道を散歩します。
歩き始めた直後は、頭の中で失敗した場面が何度もループしています。「あの言い方が悪かったのかな」「価格設定が高すぎたかもしれない」と、グルグルと考え続けてしまうのです。
しかし、20分、30分と歩いているうちに、少しずつ頭の回転数が落ちてきます。
パソコンの画面の中では、常に次の通知や次の提案が目まぐるしく表示されます。しかし、山道の坂道は、どれだけ素晴らしいプロンプトを書いても速く登れるようにはなりません。汗をかき、息が上がり、疲れたら立ち止まる。現実の身体が持っている速度に、強制的に戻されるのです。
哲学者ニーチェは『偶像の黄昏』の中で、「歩いて得られた思想だけが価値を持つ」と書きました。
AIに何百個ものアイデアを出してもらうことよりも、山道を歩きながら「自分が本当に嫌だったのは、失注したことそのものよりも、相手に合わせすぎて自分を見失っていたことだったな」と気づくことのほうが、はるかに価値があると感じます。歩くことは、単なる気分転換ではなく、AIの速度から離れて「自分の思考速度」を取り戻す時間なのです。
AI時代に必要な「3つの時計」
先日、地域の集まりで高校生や地元の経営者の方々と話す機会がありました。高校生から「どんな仕事をしているんですか?」と聞かれ、自分のやってきたことを自分の言葉で話しているうちに、「もう一度がんばってみよう」と自然と思えたのです。
高校生が素晴らしい経営分析をしてくれたわけではありません。しかし、人と直接会って話すことでしか動かないものが、確かに私の中にありました。
信頼関係や心の回復、納得感というものは、AIのように高速生成できるものではありません。信頼には信頼の速度があり、体や心にはそれぞれの回復速度があります。
この経験を経て、私はAI時代において3つの時計を分けて持つ必要があると考えるようになりました。
- AIの時計:リサーチ、プログラム作成、資料作成など、機械に任せて遠慮なく高速化する時間
- 現実の時計:作ったものが本当に現場で動くか、お客様がお金を払って使ってくれるかを現場で確かめる時間
- 体の時計:歩く、眠る、人と話す、落ち込んだ気持ちが回復するのを待つ時間
問題は、AIを使うこと自体ではなく、すべての生活や自己評価を「AIの時計」のスピードだけで動かそうとしてしまうことにあります。
人生の時間を何に使うか
古代ローマの哲学書セネカは『人生の短さについて』の中で、「人生が短いのではない。私たちがその多くを浪費しているのだ」と述べました。
50代になり、20代の頃のように人生の時間が無限にあるとは思えなくなりました。1年が過ぎるのも非常に早く感じます。だからこそ「AIを使って少しでも多くの仕事を詰め込みたい」という焦りが生まれるのも事実です。
しかし、本当に考えるべきは「AIで何時間を短縮できたか」ではありません。「短縮して生まれた時間を、何に使ったか」です。
AIで1時間浮いたからといって、その1時間にさらにAIの仕事を詰め込む。そんな日々を繰り返すだけなら、私たちは一体何のために時間を節約しているのでしょうか。
私はAIを使うのをやめようとは思いません。これからも使えるものは徹底的に使い倒すつもりです。しかし、「AIを使い倒すこと」と「AIの速度で人生を生きること」は明確に切り離さなければなりません。
AIには作業を速くしてもらう。現実からは本質的な価値を教えてもらう。そして自分の心と体からは、自分が何を大切にしたいのかを思い出させてもらう。
AIを人生から逃げるための道具ではなく、人生そのものに戻ってくるための道具にする。それこそが、道具に振り回されずに使いこなすということなのだと思います。
一度画面を閉じて、体の時計だけで判断する時間をつくってみる。焦りを感じたときは、また静かな山道を歩いてみようと思っています。
CloudLabは京都・亀岡を拠点に、中小企業のIT活用・AI導入・ホームページ制作を支援しています。現場のリアリティに寄り添ったシステム運用や業務改善について、お気軽にご相談ください。
この記事の内容はYouTubeでも話しています。
動画を見る →