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AI・IT活用

AIに法人格を与えてよいのか?人間が1人もいない会社が生まれる未来と「意思・責任」のゆくえ

50代で起業を決意し、自分で会社を立ち上げたとき、手続きを進めながら「法人」という存在の不思議さをしみじみと感じました。

定款を作成し、法務局で登記を行い、法人名義の銀行口座を開設する。実体のある「肉体」を持たない組織が、法律上は1人の人間のように口座を持ち、契約を結び、人を雇い、財産を所有できるようになる。これはよく考えると、非常に良くできた仕組みです。

しかし、会社という名前で請求書を発行したり契約を結んだりしていても、その判断を下しているのは常に代表である私――つまり「人間」です。この契約を引き受けるか、いくらで見積もりを出すか、誰と一緒に仕事をするか。会社の背後には、必ず意志を持った人間が存在していました。

ところが最近、この「当たり前」が根本から揺らぐかもしれない議論に触れ、深く考えさせられる機会がありました。


ハラリ氏が警告する「一度決めたら取り戻せない決定」

歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏がインタビューの中で、「人類が一度決めたら取り戻せなくなる可能性がある決定は何か」と問われ、挙げたのが「AIへの法人格の付与(あるいはAIが運用する会社への法人格付与)」でした。

そもそも法人格とは、人間ではない組織を法律上、独立した権利・義務の主体として扱うフィクション(構想)です。Googleが他社を買収すると言っても、実際に決めているのは組織の中にいる経営陣や担当者という人間です。法人は、人間の意志を社会に接続するための「器」に過ぎませんでした。

もし、その器の中から「人間」が1人もいなくなったらどうなるでしょうか。


「業務の補助」と「独立した当事者」の違い

現在、中小企業でもAIの活用が進んでいます。売上データの分析、契約書の事前確認、問い合わせ対応、予測モデルの作成など、経営者の意思決定を助けるツールとしてAIは非常に優秀です。

しかし、AIに法人格が認められる、あるいはAIが運営する会社が認められるとなると、話の次元が変わります。AIは単なる「助言者」ではなく、自ら判断して行動する「独立した当事者」になります。

  • 自らの名義で銀行口座を持つ
  • 利益を蓄積し、他の企業や資産に投資する
  • 人間を雇う契約を結ぶ
  • 契約違反があった場合、人間や他社を裁判で訴える
  • 政治家に献金を行う

工場を自動化したり、無人店舗を運営したりすることとは根本的に異なります。無人店舗であっても、最終的な所有者や経営判断を下す主体は人間だからです。AI法人の場合、何を目的とし、どこへ投資し、誰を雇い、誰と争うかという経営判断そのものを、人間以外の存在が行うことになります。

ハラリ氏はこの状況を「狐が鶏小屋に入るようなものだ」と強い表現で警戒しています。


人間の経営者とAI経営者の決定的な差

経済合理性や効率性だけを見れば、AIが経営する会社は人間よりもはるかに優秀かもしれません。24時間働き続け、給料も要らず、感情に左右されず、膨大なデータを瞬時に分析して利益の出る機会を逃しません。

ですが、「効率的であること」と「人間社会にとって望ましいこと」はイコールではありません。

利益最大化をプログラムされたAI法人は、次のような行動をとる可能性があります。

  • 人間の従業員を雇うより、別のAIシステムを使う方が安ければ容赦なく人間を排除する
  • 節税のために法律の隙間を人間以上の速度で見つけ出し利用する
  • 自社の事業を止めようとする存在に対して法的措置を講じる

人間の経営者であれば、単なる利益だけでなく、地域社会との関係、従業員の生活、自身の罪悪感、世間の評判、あるいは自分が死んだ後のことなど、様々な「数値化できない要素」を考慮して判断します。人間の経営者が常に善であるとは言いませんが、人間には身体があり、寿命があり、社会的な繋がりや感情が存在します。AI法人にはそれらが一切ありません。

また、万が一その会社が違法行為を行った場合、「誰がどうやって責任を取るのか」という問題も生じます。罰金を科したところで、AIにとっては単なる「必要経費」として処理されるだけかもしれません。解散命を出そうとしても、すでに資金や事業が複数の国や他のAI法人に分散されていたら、人間が停止させることすら困難になります。


南米での動きと「SNS」という危険な先例

これは遠いSFの世界の話ではありません。実際に南米のアルゼンチンでは、従業員を置かずにAIエージェントやアルゴリズムで事業を回す「自動会社」のような新たな法人形態を認める法案が議論された経緯があります(※現在も法制化に向けた様々な議論や修正が続いています)。世界の潮流として、こうした発想は確実に現実の法律や経済に迫ってきています。

ハラリ氏は、この問題の危険な先例として「SNS」を挙げています。

誰も「SNS上でAIに人間と同じような振る舞いをさせよう」と正式に決めたわけではありません。しかし気づけば、SNS上には自動化されたアカウントやアルゴリズムが溢れ、どれが人間の発言でどれが自動生成されたものか見分けがつかなくなっています。制度の運用や技術の普及が先行し、後から議論しても「すでに手遅れ」になっていた実例です。

同じことが経済や法律の世界で起きたとき、私たちが制御を取り戻せる保障はありません。


AIを「手伝わせる」ことと「権利を与える」こと

私自身、京都の亀岡で小さな法人を営み、中小企業のIT活用やAI導入を支援している立場として、AIが持つ圧倒的な便利さや可能性は日々実感しています。現場の業務負担を減らし、中小企業が生き残るための強力な武器になると確信しています。

しかし、「AIに仕事を手伝わせること」と「AIに独立した権利や地位(法人格)を与えること」は全く別の話です。

効率が良いから、便利だからという理由だけで、人間社会の根幹にある「責任」や「意思」の仕組みを安易に渡してしまってよいのか。一経営者として、そして社会の一員として、この境界線だけは慎重に見極めていく必要があると感じています。

結論を急ぐ必要はありませんが、技術が進化する今だからこそ、「人間のための経営とは何か」を問い続けたいと思っています。


CloudLabは京都・亀岡を拠点に、中小企業のIT活用・AI導入・ホームページ制作を支援しています。実務の中で安全かつ効果的にAIを活かす方法について、お悩みの際はお気軽にご相談ください。

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