文章の作成、会議の要約、企画のアイデア出し、さらにはプログラムの記述まで。分からないことがあれば考える前にAIに尋ねる——。1つひとつの作業を見れば、生成AIは非常に便利な道具です。
京都・亀岡で中小企業のIT活用やAI導入を支援している私も、日々AIを使い倒しています。開発作業や事業の検討、動画の整理など、AIがない頃の仕事のやり方にはもう戻れません。それによって、数日かかっていた作業が1時間ほどで終わることも珍しくなくなりました。
しかし、最近ひとつ気になることがあります。
「AIに何を任せて、何を自分でやるか」を、私たちは本当に自分の意思で決めているでしょうか。もしかすると、AIサービスの画面構成や、職場の効率至上主義的な基準によって、知らないうちに決められてしまっているのではないでしょうか。
今回は、アメリカのAI研究者であるイーサン・モリック(Ethan Mollick)氏の提言をきっかけに、私たちがAI時代に「人間であり続ける」ための思考法について考えてみたいと思います。
同じAIを使っても、結果が正反対になる理由
モリック氏はその著述の中で「人間であり続けることを選ぶ(Choosing to stay human)」という表現を使っています。これは「AIを使うな」ということではありません。彼自身も非常に熱心なAIユーザーです。重要なのは、何でもAIに渡すのではなく、何を人間に残すかを意識して選択するという姿勢です。
このことを象徴する、2つの非常に興味深い教育実験があります。
実験1:答えを教えすぎた結果、テストの点が下がったトルコの高校生
ひとつ目は、トルコの高校生約1,000人を対象に行われた数学の授業の実験です。
一方のグループは通常のChatGPTを使い、もう一方のグループはAIを使わずに勉強しました。
ChatGPTを使った生徒たちは、当然ながら宿題では非常に良い成績を取り、本人たちも「よく学べた」と感じていました。しかし、AIを使えない本番の試験になると、ChatGPTを使っていた生徒の成績は、AIを使わなかった生徒よりも低くなったのです。
なぜでしょうか。生徒たちは「自分で問題を解く力」が身についていなかったからです。あまりに親切なAIが即座に答えを出してしまったため、生徒は問題を自力で解いたのではなく、「AIが解いた手順を理解した気分になっていただけ」だったのです。
成果物が手元にあることと、自分自身に能力が身につくことは全く別物だということが分かります。
実験2:答えを教えず思考を促した台湾の高校生
ところが、台湾の高校生約1,000人を対象に行ったPython(プログラミング言語)の講座では、逆の結果が出ました。
ここではAIを「すぐ答えを教えるツール」としてではなく、「生徒の理解度に合わせて問いを出し、生徒自身に問題を解かせる家庭教師」として使いました。
その結果、最後にAIなしで行った試験でも、AI家庭教師を使った生徒の成績は大きく伸びていたのです。
まったく同じAI技術を使っていても、結果は正反対になりました。
一方は思考を「代替」し、もう一方は思考を「促進」した。違いはそれだけです。
「優秀な人ほどハマる」ビジネス現場での落とし穴
これは学校教育だけの話ではありません。私たち経営者や現場のビジネスパーソンにとっても全く同じことが起きています。
モリック氏らの別の研究で、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のコンサルタント758人を対象にした実験があります。AIが得意とする領域では、AIを使ったコンサルタントの成果は大幅に向上しました。
しかし、当時のAIでは正しく解けないひねった問題を混ぜたところ、AIを使ったコンサルタントの方が誤った回答を出しやすくなってしまったのです。AIが自信満々にそれらしい答えを出したため、普段は非常に優秀なコンサルタントでさえ、その回答を疑うことができませんでした。
ここで本当に恐ろしいのは、「AIは間違えることがあるから気をつけよう」という精度の話ではありません。AIの精度は今後もどんどん上がっていきます。
より根本的な問題は、「AIがもっともらしい答えを出した瞬間に、人間が考えるのをやめてしまう」という人間の心理傾向にあります。
モリック氏はこの状態を「認知的な降伏(頭を使わずに済むラクな状態)」と表現しています。思考のプロセスをAIに開け渡してしまい、本人は効率よく仕事をした気になっている。文章もできた、資料も揃った、プログラムも動いた。しかし、「なぜその結論に至ったのか」を自分自身の言葉で説明できない。問題が起きたときにどこを確認すべきかも分からない。
手元に綺麗な成果物は残っても、自分の中には何も残っていない——そんな状況が生まれてしまうのです。
便利な「標準設定」に流されないために
もちろん、私たちは昔から電卓に計算を任せ、スマホのナビに道案内を頼んできました。道具に能力を渡すこと自体は今に始まった話ではありません。
しかし、生成AIがこれまでの道具と大きく異なるのは、渡せる範囲が広すぎる点です。計算や記憶だけでなく、文章作成、企画立案、データ分析、業務判断、相談相手まで、人間の知的な仕事のほぼ全てを何らかの形で代替できてしまいます。
しかも、サービスの開発企業は「いかにストレスなく一瞬で答えが出るか」を追求して画面を作ります。「この問題はまず自分で10分考えた方がいいですよ」と遮ってくるAIなど、短期的には「使いづらい」と評価されてしまうからです。
企業も学校も、「早く綺麗な成果物が出ること」を重視しがちです。こうして、私たちの周りでは知らず知らずのうちに、以下のような「標準設定(デフォルト)」が作られていきます。
- とにかく早くAIに答えを出させる
- 人間がどれだけ深く考えたかのプロセスは問わない
- 見た目の綺麗な成果物を評価する
この標準設定に一度慣れてしまうと、「まず自分の頭で考える」という習慣そのものが失われてしまいます。
私が実践している「AIを使う順番」と「線引き」
私自身、50代で起業して地域の中小企業のデジタル化やAI活用をお手伝いしていますが、私自身も毎日AIをハードに使っています。だからこそ、自分自身がこの落とし穴にハマらないよう、強い意識を持って運用しています。
私が最も大切にしているのは、AIを使うかどうかではなく「使う順番」です。
1. 最初に「自分の拙い言葉」で仮説を出す
自分の仮説や考えを持つ前にAIに質問すると、最初にAIが提示してきたフレームワークや前提の中でしか思考できなくなります。評価しているつもりでも、議題そのものをAIに決められてしまうのです。
だからこそ、まずはメモ帳に短くてもいいので自分の言葉で書き出します。
- 自分は何が問題だと思っているのか
- 現時点でどういう方針が良いと考えているのか
- 何が分かっていて、何が分からないのか
2. その後でAIに「反対意見」や「見落とし」を聞く
自分の軸を作った上でAIに向き合います。「この考えに対して反対の立場から批判してほしい」「見落としている選択肢はないか」と問いかけるのです。
この順序を守ることで、AIは「思考の代用品」ではなく、「自分の思考を拡張してくれる良質な壁打ち相手」に変わります。
3. 「自分に残す領域」を明確にしておく
また、私は仕事の中で「AIに渡していいもの」と「自分に残すもの」を意図的に線引きしています。
- AIに渡していいもの:文章の整形、誤字脱字の確認、コードの構文チェック、アイデアの数出し、データの整理
- 自分に残すもの:何を伝えるかという意志、どの課題に取り組むかの決定、提示された案から最終的にどれを選ぶかという判断、そしてその結果に対する責任
この境界線は人によって違って構いません。文章を書くプロセスそのものに喜びを感じる人なら文案作成は手放さない方がいいでしょうし、逆に文章作成が苦手で思いを伝えるのに苦労していた人なら、AIに構成を頼めばいいのです。
大切なのは、「用意された標準設定に流されず、何を自分でやるかを自分で選ぶ状態を守ること」です。これこそが、AI時代における「人間であり続ける」ということなのだと感じています。
皆さんは今、AIに何を任せ、何を手元に残しているでしょうか。そしてその線引きは、本当にご自身の意思で選んだものでしょうか。一度立ち止まって考えてみる価値はあるはずです。
CloudLabは京都・亀岡を拠点に、中小企業のIT活用・AI導入・ホームページ制作を支援しています。現場の実情に合わせた無理のないIT活用について、お気軽にご相談ください。
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