文章を書く、画像を作る、プログラムを組む、複雑な資料を読み込んで分析する――。
ここ最近のAIの進化には、目を見張るものがあります。以前であれば、長年専門的な教育を受けた人や、大きな組織でなければ対応できなかった作業が、驚くほどの速さと低コストでこなせるようになってきました。
技術がここまで進むと、「AIがもっと賢くなれば、世の中のあらゆる問題が解決するのではないか」という期待が高まります。確かにそれは事実かもしれません。しかし、ここで一つの根本的な問いが浮かび上がってきます。
「何でも解決できるようになったとき、私たちはそもそも何を解決すればいいのか?」
歴史家であり思想家でもあるユヴァル・ノア・ハラリ氏のインタビューを追いかけるなかで、私はこの視点に深く納得させられました。ハラリ氏は、AIによって「知能」が大量に供給されて安くなると、次に不足するのは知能ではなく「知恵」だと指摘しています。
50代で起業し、中小企業のITやAIの導入支援に関わっている私自身の立場からも、この言葉は非常に重く響きます。
「知能」とは目標を達成する力、「知恵」とは目的を決める力
ここで言う「知能」とは、与えられた目標を効率よく達成する能力を指します。
たとえば、病気を治す方法を探す、売上を増やす施策を考える、物流を効率化する、プログラミングコードを書く。これらはすべて知能の領域です。これまでは、この高度な知能を得るために多大な教育コストを払い、専門家を雇い、多くの時間を費やす必要がありました。知能は極めて希少な資源だったのです。
しかし、AIはその希少だった知能を猛烈な勢いで安価にし、日常的なものに変えつつあります。
では、知能がどこでも手に入るようになったとき、何がボトルネックになるのか。それが「知恵」です。
知恵とは、「どの問題を解くべきなのか」「何を目的地にするべきなのか」を判断する能力です。あるいは、「そもそもそれを実行すべきなのか」を考える力と言い換えてもよいかもしれません。
たとえば、AIに「会社の売上を最大化する方法を考えてほしい」と指示すれば、AIは過去のデータから最適な施策をいくつも提案してくれるでしょう。しかし、「売上の最大化を最優先すべきなのか、それとも社員の働きやすさや地域での信頼維持を優先すべきなのか」という問いに対して、AIが唯一の正解を提示することはできません。
「人件費を削る手法」をAIに問えば完璧な手順を出してくれますが、その結果として自社の組織文化が壊れたり、地域の雇用に悪影響が出たりしたときにどう責任を持つか。そこを判断するのは、人間の側に残された役割です。
「ランプの魔人」がもたらす悲劇
ハラリ氏は、この状況を「魔法のランプの魔人」に例えていました。
童話や昔話に登場するランプの魔人は、呼び出した者の願いを何でも叶えてくれます。一見すると夢のような存在ですが、物語の多くでは悲劇的な結末を迎えます。なぜなら、人間が間違った願い事をしてしまうからです。
「大金持ちになりたい」「絶対的な権力がほしい」と願うと、その通りにはなるものの、思いも寄らない副作用が生じて自滅してしまう。つまり、ランプの魔人の物語において本当に難しいのは、魔人に仕事をさせることではなく「何を願うか」を決めることなのです。
これはAIと私たちの関係にもそのまま当てはまります。
AIの能力がまだ低い段階であれば、人間が多少おかしな指示を出しても大きな影響はありません。しかし、AIが圧倒的に優秀になり、指示を完璧に遂行できるようになればなるほど、人間側の「間違った目標設定」がそのまま壊滅的な結果を引き起こすリスクが高まります。
本当に恐れるべきなのは、AIが人間の命令を無視して暴走することではなく、人間が出した不完全で愚かな命令を、AIが忠実に実行してしまうことかもしれません。
効率の追求の先にある「目的を見失うリスク」
仕事の現場でAIを活用していると、その利便性の高さから、ついつい判断までAIに任せたくなる場面が出てきます。
「どんな商品を作るべきか」「誰と提携すべきか」「どんな文章で発信すべきか」――。AIに聞けば、一見すると非常に合理的で非の打ち所がない回答が返ってきます。
最初は小さな判断を任せ、次第に大きな判断も委ねるようになる。もしその状態が長く続いたとき、私たち人間は「自分たちは何を望んでいるのか」という目的自体を考える力を失ってしまうのではないかという懸念があります。
世の中のさまざまな技術革新を振り返ってみても、同じような構造が見られます。
- 農業の効率化によって食料は豊富になりましたが、同時に肥満や環境破壊という新しい課題が生まれました。
- 自動車によって移動は格段に自由になりましたが、渋滞や事故、排気ガスの問題が発生しました。
- SNSによって世界中とつながれるようになりましたが、分断や孤独感、誤情報の拡散が深刻化しました。
能力を高める技術には強い経済的インセンティブが働くため、猛烈なスピードで開発が進みます。一方で、「その力をどう使うべきか」「何を守るべきか」という立ち止まって考える研究や議論には、なかなか十分な資源が割かれません。
魔人の力を強める投資ばかりが進み、願い方を学ぶ時間が追いついていないのが、今の社会の現状と言えます。
経営者の仕事は「問い」を立てること
ハラリ氏はインタビューの最後に、「将来、この時代が『知恵の革命』が起きた時代として記憶されてほしい」と語っていました。AI革命でも、知能革命でもなく、「知恵の革命」です。
強大な知能というツールを手に入れた人類が、それを何に使うべきかを正しく学び取った時代――。そうなることを願っているという言葉には、深く共感します。
中小企業の経営や地域ビジネスの現場においても、全く同じことが言えるのではないでしょうか。
これからの時代、AIを使えば「答え」を出すスピードは圧倒的に早くなります。だからこそ、経営者やビジネスの現場にいる人間に問われるのは、答えを出す能力ではなく「どのような問いを立てるか」です。
- 自社は、お客様や地域に対して何を届けるために存在するのか
- 業務のどこを効率化し、どこを手仕事として残すのか
- 機械に任せない「人間らしさ」とは何なのか
便利な道具が増えれば増えるほど、経営の根本にある「軸」や「理念」が試されることになります。知能が安くなる時代だからこそ、私たちは「知恵」を磨き、自らの意思で何を願うのかを決め続けていかなければなりません。
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