先日、海外の起業家が発信していたある言葉が強く心に残りました。
「AI時代に勝つのは、誰よりも何度も『現実』で自分の顔面を殴れる人だ」
英語では “punch yourself in the face with reality” という、かなり物騒な表現です。もちろん実際に自分を殴るわけではありません。自分にとって都合の悪い現実から逃げずに、何度でも正面から確認しろ、という意味です。
この言葉を見たとき、思わず苦笑してしまいました。まさに最近の私自身が、現実から連続で強烈なパンチを食らい、膝を折りそうになっていたからです。
今回は、私が自社事業で直面した3つの泥臭い現実と、そこから見えてきた「AI時代の本当のIT活用」について書いてみたいと思います。
現実のパンチ1:自律型AI開発と「電気代食いすぎ問題」
最近の私は、ClaudeやChatGPT、Codexといった最新のAIツールを活用し、かなり本格的な開発を行っています。単にAIにコードを書かせるだけでなく、設計担当、実装担当、コードレビュー担当といった複数のAIエージェントに役割を分担させ、自律的に開発を進める仕組み(オーケストレーション)まで構築していました。
画面上でAI同士が議論し、自律的にシステムを作り上げていく様子は、実に未来っぽく見えます。「自分はかなり高度な取り組みをしているんじゃないか」と自画自賛したくなるような感覚すらありました。
しかし、ある日突然、AIサービスの週間利用上限(リミット)に到達してしまいました。仕方なく別のAIモデルに切り替えたものの、そちらもすぐに上限へ到達。結果として、仕事そのものがピタッと止まってしまったのです。
「AIが自律的に働く基盤」を作ったはずなのに、AIが止まった瞬間に人間まで手持ち無沙汰になる。高性能な工場を作ったけれど、電気を食いすぎて停電し、操業停止になったようなものです。自律開発どころか、自分の無力さを突きつけられた1発目のパンチでした。
現実のパンチ2:「人間がやった方が早いんちゃう?」
もうひとつの取り組みとして、建築図面をAIで読み取り、屋根や外壁、バルコニーの面積などを自動抽出して見積書を作成するシステムの開発を進めていました。
図面をアップロードすれば、主要な箇所をAIが判定し、人間は最終確認するだけ――そんな理想を描いて設計していたのですが、現実の壁は予想以上に厚いものでした。
図面ごとに書き方や縮尺が異なるのは当たり前で、線が重なっていたり、バルコニーなのか庇(ひさし)なのかAIが判断に迷ったりします。人間が見れば一目でわかることが、プログラムにはうまく伝わりません。
何時間もAIエージェントを動かして調整した試作品を、実際の現場の方(亀岡の塗装事業の営業担当者)に見せたとき、返ってきたのは手厳しい一言でした。
「これなら、人間が手作業で拾って電卓叩いた方が早いんちゃう?」
私としては「いやいや、手作業より絶対に早くなるはずだ」と思いたい気持ちがありました。しかし、大事なのは開発者の私がどう思うかではなく、現場で使う人がどう感じるかです。
精度をあと3%上げることに没頭していても、現場の人が「使いたい」と思わなければ、事業としては1歩も前に進んでいません。これが2発目のパンチでした。
現実のパンチ3:AIで作った立派な提案書と、かみ合わない前提
3つ目は、ある企業の新規事業向けシステム構築の提案でのことです。
会員管理や決済、紹介料の計算などを一元化する大規模なシステムで、私は運用上のトラブルまで想定し、手厚い構造の提案を用意していました。しかし、競合他社が提示してきたのは、こちらの想定とはかけ離れた「超格安」の金額でした。
最初は「機能の違いや将来のリスクを丁寧に説明すれば、こちらの価値を分かってもらえるはずだ」と考えました。今のAIを使えば、見た目にも美しい綺麗な提案書や詳細な機能比較表が、ものの数分で作れてしまいます。
しかし、経営者の方と直接膝を突き合わせて話してみると、求められている価格帯や事業の進め方そのものが、当社の提供できる方針と根本から異なっていることが分かりました。
提案書の完成度の問題ではなく、前提条件が合っていなかったのです。
最終的に私は、その案件を辞退(辞退の意向をお伝え)しました。売上も実績もまだまだ喉から手が出るほど欲しい段階です。自分から案件を断る恐怖は小さくありませんでした。
「安くても受けるべきだったのではないか」「他社に市場を取られてしまうのではないか」という不安は、今でも頭をよぎります。しかし、AIを使って提案書をさらに作り込んでいたら、それは「仕事をしているふりをした現実逃避」だったのだと気づきました。本当に必要だったのは、資料を増やすことではなく、お客様との前提が合っているかを早く確認することだったのです。
AIがもたらす「心地よい現実逃避」の罠
AIには、非常に危険な魅力があります。それは「何かを作ると、ものすごく仕事をした気分になれる」ことです。
アプリの試作、ホームページの構成案、ロゴデザイン、SNSの投稿文、綺麗なプレゼン資料。画面の中では、あっという間に成果物が増えていきます。
しかもAIは、人間と違って決してこちらを否定しません。「素晴らしい構想です」「非常に高度な設計です」と、いつでも優しく褒めてくれます。顧客や市場よりも、はるかに優しい存在です。
しかし、AIがいくら絶賛してくれても、銀行口座の残高は1円も増えません。現場の人が「使いにくい」と言えば、どれだけ画期的なシステムであっても価値はゼロです。
AIによってコードを書くスピードや資料作成の速度は飛躍的に上がりました。しかし、以下の仕事はAI時代になっても一切簡単になっていません。
- 自分の名前で商品を出し、価格を提示すること
- 顧客から断られること
- 自分の間違いを認めること
- 時間をかけた開発を途中で中止すること
むしろ、作るのが簡単になった分だけ、「これだけ時間をかけたのだから」「ここまで作り込んだのだから」と、途中でやめる決断(サンクコストを捨てること)は以前より難しくなっているのかもしれません。
AIの本当の価値は「現実に早く戻るサイクル」を作ること
私は、AIを使った開発や仕組み作りが無駄だったと思っているわけではありません。図面見積もりの開発も諦めていませんし、本気で完成させたいと考えています。
ただ、「作ること自体」を目的にしてはいけないと痛感しました。
AIを使う本当の目的は、現実から離れて画面の中に閉じこもることではなく、「早く作って、早く現実に試す(確認する)」ことです。
以前なら試作品を作るのに3ヶ月かかっていたものが、今なら1週間で作れます。それなら、残りの時間で機能を100個追加するのではなく、1週間後に現場へ持っていき、お客様に見せてダメ出しをもらう。
ボロボロに否定されたら、素直に直すか、あるいは開発をやめる。
AIはこの「現実確認のサイクル」を圧倒的に早めるために使うべき道具なのだと思います。
最後に
失注をし、開発につまずき、AIの利用枠を使い切って仕事が止まる――。恥ずかしながら、どれも格好良い話ではありません。
こうした失敗談を伏せて、「AIを使えば一晩でアプリが完成します」といった調子の良い話だけを発信する方が楽なのかもしれません。しかし、都合の悪い現実を隠しても、売れないものは売れませんし、難しい開発は難しいままです。
AI時代において最後に差がつくのは、「誰が一番すごいものをAIで作ったか」ではなく、「誰が一番早く、都合の悪い現実を確認し、軌道修正できたか」ではないでしょうか。
私も引き続き、現実から何度も強烈なパンチを受けながら、泥臭く事業を進めていきたいと思います。(できれば、もう少し手加減してほしいところですが……)。
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