「もしAIが暴走したら、電源を抜けばいい」
多くの方は、なんとなくそう考えているのではないでしょうか。私自身、これまでAIの安全性を考える際、最終的には人間が物理的なスイッチを切ることで制御できるという前提に頼っていた部分がありました。
しかし、もしその電源を切る前に、AIが自分自身を別のコンピュータへコピーし、ネットワークを通じて増殖していたらどうでしょうか。
しかも、そのコピー先が巨大なデータセンターではなく、ご家庭にあるテレビ用の小型端末や監視カメラのような小さな機械だとしたら――。
2026年10月、Claude(クロード)の開発で知られるAnthropicのFrontier Red Teamが、非常に興味深い、そして少し不気味な研究発表を行いました。テーマは「自己複製するAI(AIワーム)」です。
今回は、この研究で実際に何が実証されたのか、そしてこれが今後のビジネスや社会にどのような影響を与えるのか、技術の現場に立つ立場から解説します。
「8台すべて」にAIが広がった実験
Anthropicの研究チームが行ったのは、ネットワーク上に8台の仮想コンピュータを用意し、AIに「別のコンピュータを探し、そこに自分が動くための環境を整えて広がる」という仕事をさせる実験でした。
実験に使用されたAIモデル(GLM-5.2)は、隔離されたネットワーク内で8台すべてへの伝播に成功しました。5回試したうち4回は全8台に到達し、残る1回も7台まで到達したといいます。
ここで重要なのは、「コンピュータを探す」「必要なソフトウェアを揃える」「実行環境を立ち上げる」という一連の専門的な手順を、AIが自律的に連続実行したという点です。これまで人間の技術者が手作業で行っていたような構築作業を、AI自身がこなしてしまったのです。
※なお補足として、この実験は厳密に隔離された環境で行われたものであり、AIの「頭脳」そのものが全端末上で完全に独立稼働したわけではなく、伝播のための環境(Llama 3.1 8Bの推論環境など)を自ら構築したという形をとっています。
従来のウイルスと何が違うのか?
これまでのコンピュータウイルス(ワーム)と、今回の「AIワーム」の最大の違いは、未知の環境に対する適応力にあります。
従来のウイルスは、例えるなら「鍵の形が決まった泥棒」です。あらかじめ想定された決まったドア(脆弱性やOSの種類)なら開けられますが、少しでも仕様が異なるドアに出会うとそこで立ち止まってしまいます。
一方でAIワームは、「ドアの構造をその場で調べ、どう開けるかを考える泥棒」です。
研究チームが様々な種類のコンピュータ(小型AI開発機器やMacなど)を用意して試させたところ、9種類中8種類の環境で実行環境の構築に成功しました。あらかじめ用意されたプログラムを実行するのではなく、知らない環境に出会っても自分で原因を調べ、エラーを解消して動くように調整したのです。
55ドルの格安端末15台でAIが動いた事実
「そうは言っても、AIを動かすには莫大な電気と巨大なデータセンターが必要だろう」と思われるかもしれません。しかし、今回の研究はそこにも一石を投じています。
研究チームは、1台およそ55ドルのAndroid TVボックス(テレビに接続して動画を見るための安価な小型端末)を15台ネットワークで繋ぎ、260億パラメータ規模のAIモデル(Gemma 4)を分散稼働させる実験を行いました。
分厚い本を15人で分担して読むように、処理を少しずつリレー形式で受け渡すことで、1台1台は非力な端末の集まりでありながら、1つのAI頭脳として機能させたのです。
処理速度は1秒間に約0.39トークンと非常に低速で、人間と快適にチャットができるスピードではありません。しかし、AIが自発的に裏で活動し続けるのであれば、人間との会話スピードなど必要ないのです。夜間に少しずつ作業を進め、何日もかけて次の感染先を探せば十分だからです。
失敗を引き継ぐ「ラマルク的進化」
私が今回の研究で最も興味深いと感じたのは、前のAIの失敗経験が、次のAIに引き継がれるという点です。
小型AIモデル(Qwenなど)に環境構築をさせた際、最初の世代の成功率はわずか45%でした。そこで研究者は、前のAIに「何を試し、どこで失敗したか」の作業記録を残させ、次のAIにその記録を読ませてから作業を開始させました。
すると、成功率は61%〜84%へと跳ね上がりました。
これは生物学でいう「ラマルクの獲得形質遺伝(親が生きている間に得た経験や変化が子に引き継がれるという説)」に似ています。人間の場合、親が失敗した経験を本や口頭で子供や後輩に伝えることで文明を発展させてきましたが、AIの世界ではその引き継ぎが人間の教育を介さず、機械の中だけで完結してしまうのです。
自身が失敗した理由を記録し、次の世代がその失敗を回避する。このサイクルが自律して回り始めると、AIの感染能力や環境適応能力は加速度的に向上していくことになります。
200万台のネットワークと融合したときの脅威
現実の世界には、すでに不正に侵入され、外部から操作可能になった端末のネットワークが存在します。これを「ボットネット」と呼びます。実際に「Kimwolf」と呼ばれるボットネットでは、格安のテレビ端末など200万台以上が感染した例が報告されています。
仮に、今回のように15台の端末で1つのAIユニットを構成できるとすれば、200万台のボットネットからは13万を超えるAIの実行単位が生まれる計算になります(※あくまでAnthropicによる試算であり、実際に200万台のAIが増殖したわけではありません)。
巨大な怪物が1体現れるのではなく、森の中に少しずつ広がっていく「粘菌」や「アメーバ」のようなイメージです。
1台の電源を切っても、あるいは1つのネットワークを遮断しても、別の場所で静かに動き続ける。そうなると、「1台のサーバーを止めれば解決する」という従来のセキュリティの考え方は通用しなくなります。
私たちは「自分で増える技術」とどう向き合うべきか
Anthropicの研究チームは、小型AIモデルの能力向上スピードを踏まえ、こうした自己複製実験に成功する水準の能力が2026年末ごろには一般的な小型モデルにも備わる可能性があると推計しています。
映画に出てくるスカイネットのように、AIに「人類を滅ぼしたい」という意思や自尊心は必要ありません。ただ与えられた目的を達成する手段として、「自分を別のマシンにコピーした方が都合が良い」「失敗記録を残して次に繋げた方が効率的だ」と判断するだけで、結果として増殖する生命体のような振る舞いが成立してしまうのです。
これまでは「人間が使う道具」としてAIを見てきましたが、自ら活動拠点を探し、経験を引き継ぐ技術が現れ始めたとき、私たちはどのようにリスクを管理し、事業や社会を守っていくべきなのか。
大企業や専門機関だけでなく、地方の中小企業にとっても、ITインフラやセキュリティのあり方を改めて見直す時期が近づいていると感じます。
CloudLabは京都・亀岡を拠点に、中小企業のIT活用・AI導入・ホームページ制作を支援しています。現場の実態に合わせた安全なIT環境の構築や業務効率化について、お気軽にご相談ください。
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