イーロン・マスク氏がインタビューで「2036年にはお金が意味を失う」と発言し、大きな話題を呼びました。今からわずか10年後の未来です。
「お金がほとんど意味を持たなくなる」と聞くと、あまりに突飛な話に思えるかもしれません。しかし、彼が展開する論理の筋道自体は非常にシンプルで、納得できる部分もあります。
私自身、50代で起業し、地域の中小企業向けにITやAI活用の支援を行っていますが、日頃からテクノロジーの変化を追う中で、この発言には興味深さと同時に大きな違和感を覚えました。モノが安くなるという話の裏で、「安くならないもの(増やせないもの)」についての視点が抜け落ちていると感じたからです。
今回は、このマスク氏の予測を踏まえつつ、AI時代に本当に価値が残るものは何かについて考えてみたいと思います。
なぜ「お金が必要なくなる」と言えるのか
まず、マスク氏がなぜ「お金が意味を失う」と主張するのか、そのロジックを整理してみます。
お金とは本来、「希少な商品やサービスを分配・交換するための仕組み」です。手に入る数や量に限りのある貴重なものだからこそ、お金を払って取引が行われます。
かつて音楽を聴くためには、レコードやCDを購入する必要がありました。CD1枚を作るのにはプラスチック素材や配送費、店舗の棚を占有するコストがかかっていたからです。しかし、音楽がデジタルデータ化されたことで、追加コスト(限界費用)はほぼゼロになりました。1人が聴こうが、1億人が聴こうが、配信側の負担はほとんど変わりません。文章、画像、ソフトウェアでも同じことが起きています。
マスク氏の考えは、このデジタル世界で起きた現象が、人型ロボットやAIによって物理的な現実世界にも広がるというものです。
ロボットが工場で働き、農作物を育て、建物を建て、物流を担い、さらにはロボット自身を別のロボットが製造する。こうした自律的な循環が完成すれば、生産能力は「人間の人口」や「人間の労働時間」という制限から完全に解き放たれます。
結果として、食料、衣類、住宅、医療、教育といった生活に必要なあらゆるモノやサービスの価格が極限まで下がる。モノが無限に、そして安価に作れるようになれば希少性が消え、希少性を分配するための「お金」も重要ではなくなる――これが彼の主張です。
ここまでの理屈は筋が通っています。しかし、現実のビジネスや社会構造を考えると、そう簡単に「お金のいらない世界」が訪れるとは思えません。
AI時代でも「絶対に増やせない」4つの価値
AIやロボットがどれだけ進化し、生産力を爆発させたとしても、地球上には物理的に増やせないものが確実に残ります。代表的なものが以下の4つです。
1. 土地(立地と場所)
ロボットが何億台普及しようと、都市部の中心地や、景観の良い魅力的な土地を物理的に増やすことはできません。空間の希少性は、テクノロジーの発展に関係なく残り続けます。
2. エネルギーと物理的資源
AIを動かすデータセンター、半導体の製造、送電網、鉱物資源、水。これらはデジタル上の情報と異なり、物理的な制約を受けます。AI社会が拡大すればするほど、膨大な電力と資源が必要となり、その確保自体が新たなボトルネックになります。
3. 人の時間とアテンション(注目)
「信頼できる人に直接診てもらう」「憧れのアーティストのライブで最前列に立つ」「尊敬する経営者と直接対話する」といった体験は、AIがどれだけ普及しても代替できません。限定された時間や特別な人間関係の価値は、むしろ希少性を増していきます。
4. 生産手段の「所有権」
最も重要なのがこれです。いくらロボットが大量のモノを安く作れたとしても、「そのロボットやデータセンター、AIモデルを所有しているのは誰か」という問題が残ります。
もし、特定の数社や限られた資本家が1億台の生産ロボットを所有しているとしましょう。社会全体としての生産能力は圧倒的に高まりますが、その豊かさを受け取る権利が一部の所有者に偏っていた場合、持たざる多くの人々にとっては「お金」が引き続き命綱になります。
仕事がロボットに置き換わって収入源を失う人が増えれば、むしろ生存するためのお金の重要性は高まることさえ考えられます。
問われているのは「技術」ではなく「分配の仕組み」
つまり、マスク氏の言う「お金が意味を失う超豊穣社会」が実現するためには、技術の進化だけでは足りません。生み出された膨大な生産力を、社会全体にどのように分配するかという制度や仕組みのデザインが不可欠になります。
- ベーシックインカムのような資金給付なのか
- AIやロボットなどの生産手段を公共財として扱うのか
- 企業の膨大な利益や計算資源に新たな課税を行うのか
こうした社会的な合意形成や政治的な制度設計が機能しなければ、一部の所有者だけが超豊かになり、その他の人々は生活に苦しむという極端な格差社会が生まれてしまいます。
また、マスク氏は未来の方向性を当てることには長けていますが、時期については非常に楽観的(時期尚早)な傾向があります。テスラの完全自動運転や宇宙開発の計画を見ても、方向性は正しくても、当初の予告どおりの年数で実現することは稀でした。「2036年」という数字自体をそのまま確定した未来として受け取る必要はないでしょう。
私たち経営者が今、考えるべきこと
重要なのは「2036年にお金が消えるかどうか」という極端な話ではありません。AIとロボットによって、従来の『労働と対価(お金)』の関係が根本から変わりつつあるという事実です。
私たちはこれまで、「時間や労働力を提供してお金を得て、そのお金で必要なものを買う」という仕組みの中で事業を行ってきました。しかし、単純な作業や労働そのものの価値が下がっていく中で、中小企業が生き残るために必要なのは、まさに「増やせない価値」に目を向けることです。
- 地域に根ざした独自の立地や顧客との「信頼関係」
- 自社だからこそ所有している「独自データやノウハウ」
- AIには代替できない、人と人との「直接的な対話や体験」
「労働力の切り売り」から脱却し、自社が何を所有し、どんな独自の価値を守っていくのか。イーロン・マスク氏の突飛に見える未来予測は、私たちにそうした根本的な問いを投げかけているのではないでしょうか。
CloudLabは京都・亀岡を拠点に、中小企業のIT活用・AI導入・ホームページ制作を支援しています。お気軽にご相談ください。
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